説教
四旬節第1主日(A年 2026/2/22)
マタイ4:1−11
2002年に公開された映画『スパイダーマン(Spider-Man)』で、主人公のピーター・パーカーは、研究室で実験用のクモに噛まれ、超人的な力を得ました。彼はクモの糸を出し、驚くほどの力と敏捷さを身につけ、その力で自分をいじめていた同級生とのけんかにも勝つようになります。しかし彼は、そ能力をどのように使うべきか、深く考えてはいませんでした。
ピーターは片思いしていたメリーの心を得るため、よい車を買いたいと思ったので、3分間持ちこたえれば賞金がもらえるというアマチュア・レスリング大会に参加しました。伯父のベン・パーカーは、変わってしまった甥、ピーターの姿を心配し、「大きな力には大きな責任が伴う」と忠告しましたが、ピーターはそれを小言のように思い、聞き流してしまいました。
ピーターは大会で相手を、わずか2分で倒しました。しかし約束とは違い、少ないお金しか受け取れませんでした。怒りながら会場を出ようとした時、彼は大会の事務室に押し入った強盗を止めることができましたが、「自分には関係ないことだ」と言って、そのまま見過ごしてしまいます。
しかし、その選択はすぐに悲しい出来事に繋がってしまいました。道で銃に撃たれて倒れていた人が、なんと自分の伯父、ベン・パーカーだったのでした。あとになって強盗を捕まえたピーターは、もしあの時自分が彼を止めていたなら、伯父は助かったかもしれないと気づき、深く後悔しました。
彼はそのとき初めて伯父の言葉、すなわち「大きな力には大きな責任が伴う」を心に刻み、自分の力を自分のためではなく、人を救うために使うことを決心しました。
そして、愛するメリーが自分のせいで悪党(グリーン・ゴブリン)に捕まってしまったのを見たピーターは、ついに彼女の愛の告白を断り、人を守る責任を受け入れて、スパイダーマンとして生きていくことにしました。
今日の福音では、主イエスが荒れ野で断食と祈りをしておられる時、悪魔から三つの誘惑を受けられます。神の子、救い主メシアとしての力を、どのように使うかが問われたのです。
一つ目の誘惑は、「神の子なら、これらの石をパンに変えよ」というものでした。しかし主イエスは、「人はパンだけで生きるものではない」とお答えになりました。人間は物質的な満たしだけで生きるのではなく、神のみ言葉によって生かされている存在だからです。
二つ目の誘惑は、神殿の屋根から身を投げ、奇跡を示して人々の称賛を得よというものでした。しかし主イエスは、「あなたの神である主を試してはならない」と言って、退けられました。神と神の御言葉への信頼とは、しるしを要求することではなく、無条件にみ旨に従うことだからです。
三つ目の誘惑は、この世のすべての権力と栄光を与える代わりに悪魔を拝め、というものでした。しかし主イエスは、「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と宣言されます。主イエスが来られたのは、力や支配によってではなく、十字架の愛によって人間を罪から救うためでした。
この福音とスパイダーマンの物語は、私たちにも同じ問いを投げかけます。私たちは皆、神から賜物、能力、時間、使命を与えられています。それを自分のためだけに使うのか、それとも神のみ旨に従って人々のために使うのかが問われています。
主イエスは、ご自分の力を決してご自身のためには使われませんでした。父である神に従い、最後まで十字架の道を歩まれました。私たちもまた、自分に与えられたものを自己中心的に使うのではなく、人を生かし、助け、愛するために使う時、信者としての本当の生き方に近づいていきます。
私たちの力、時間、努力を、誘惑ではなく主のみ言葉に従って使い、隣人を助け、いのちを支えるためにささげていくことができますように。
カトリック上福岡教会 協力司祭 李 太煕(イ・テヒ)神父






