説教
主の公現(2026/1/4)
マタイ2:1−12
今日は、主の公現の祭日です。この日は、イエスが神の子、メシア、救い主として全世界に現されたことを記念する日です。異邦人を象徴する東方(東の方)から来た占星術の学者たちが幼子イエスを探し求め、礼拝したことによって、主イエスはユダヤ人だけでなく、全ての人にとっての救い主であることが示されました。
しかし、全ての人がイエスを救い主として受け入れたわけではありません。福音によると、メシアがどこで生まれるかという預言の言葉を、ヘロデ王も、祭司長たちや律法学者たちも聞いていました。「『ユダの地ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」(マタイ2:6)というみ言葉を知っていながら、実際にベツレヘムへ向かったのは、東方の学者たちだけでした。
ヘロデ王は、自分の地位と権力を守ることを何よりも大切にしていました。そのため、救い主の誕生を脅威と感じ、表向きは礼拝したいと言いながら、実際には幼子イエスを殺そうとしました。祭司長たちや律法学者たちも、神とそのみ言葉をよく知っていながら、ヘロデの報復を恐れて行動しませんでした。彼らは救い主よりも、自分の安全や安定した生活を優先したのです。
一方、東方の博士たちは神をよく知っていた人々ではありませんでしたが、自然の中に現れた星というしるしを通して、神の導きを信じ、長い旅に出ました。彼らは、救い主を何よりも大切に選び、その結果、幼子イエスに出会うことができました。主は、全ての人に救い主として現れますが、み言葉に耳を傾け、主を第一に選ぶ人にとって、真の救い主となってくださいます。
私たち信者も、東方の学者たちのように、救い主イエスに出会うよう招かれています。そのためには、私たちの周りにある「星」、すなわち神へと導くしるしに気づくことが大切です。自然の美しさ、良い言葉、良心の声、他の人の良い行いなどは、私たちを神へ導く星です。
しかし、現代は人工の光が強く、星が見えにくい時代です。お金、物、名誉、権力、世間体(メンツ)、プライドなどへの執着が、神が示してくださる星を覆ってしまうことがあります。だからこそ、私たちは欲を少し手放し、心を静めて、神の導きを見つめ直す必要があります。
さらに、星を見るだけでなく、神のみ言葉を生きることが大切です。私たち自身が、愛と良いこと(行い)によって、他の人を神へ導く星となるように招かれています。「互いに愛し合いなさい」「人からしてほしいことを、人にも同じようにしなさい」と言った主のみ言葉を実践する時、私たちは他の人と共に、救い主イエスのもとへ歩むことができるでしょう。
私たち皆が、東方の学者たちのように、他の何ものよりも神と救い主を第一に選び、神へと導く星となって、共に主イエスに出会い、恵みにあずかることができますように。
カトリック上福岡教会 協力司祭 イ・テヒ神父






