説教
年間第26主日(C年 2022/9/25)
ルカ16:19−31
父と子と聖霊の御名によって。 アーメン。
今週9月29日は大天使聖ミカエル・聖ガブリエル・聖ラファエルの祝日にあたります。わたしの前任地川越教会は、聖ミカエルを守護者・保護者とさせていただいていることから、9月29日に一番近い主日を、特別に聖ミカエル祭として祝っています。
聖ミカエルの祝日には、個人的な思い出があります。英国の古い学校の一年は、正式には9月29日・聖ミカエルの祝日のミサを以て始められるからです。9月29日から降誕祭・クリスマスまでの学年の最初の学期は、英国では「聖ミカエルの祝日のミサに始まる学期」を意味する “Michael-mas Term” と呼ばれます。
ミカエル。元来ヘブライ語(“ミッカーエール”)のこの大天使の名は、まことに不思議です。それは、通常名前を示す名詞ではなく、実は “疑問文” だからです。日本語に訳せば、「あなたの神はどなたですか。」つまり、「あなたが、生涯お仕えさせて頂くべき唯一まことの神はどなたですか」と言う意味の「名前」です。
大天使ミカエルは、存在そのものがわたしたちに対する神の問いかけです。聖ミカエルが遣わされる時、わたしたちはこの神の問いの前に立たしめられるのです。
聖ミカエルの祝日に読まれる福音は、ヨハネによる福音1:47-51です。主キリストは、ご自身を訪ねたフィリポとナタナエルに次のように仰せでした。
「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」(ヨハネ1:51)
「神の天使たち」の首位は、「大天使長ミカエル」(ダニエル12:1)です。そうであれば、わたしたちが、「人の子、すなわち主キリストの上に、大天使ミカエルが昇り降りするのを見る」時、わたしたちは、文字通り、主キリストのみ前に、「あなたにとって、唯一のまことの神は誰か」との問いかけの前に立つということです。
英国の古い学校は、大天使聖ミカエルの祝日のミサを以て新しい学年を始めると申しました。オクスフォードのような千年以上前にベネディクト修道会の司祭養成の修道院大学として設立された古い大学の神学生には、現在でも主キリストのみ前に、「あなたにとって、唯一のまことの神は誰か」という問いかけの前に立つことこそ、修道、すなわち祈りと学びと修練の第一の目的です。実はそれこそ、神学生である以前に、人が人として生きる、ということであるはずです。
しかし、これは、英国の大学生のみならず、日本のわたしたちにとっても全く同様、むしろ現代の日本のわたしたちにとってこそ、問われるべき最も大切な「問い」であるというべきではないでしょうか。わたしたちも、わたしたち自身にとって、わたしたちが生涯お仕えさせていただくべき「唯一のまことの神」がはっきりしなければ、唯一のまことの神ならぬもの、例えばお金や一時的な権威・権力のような神ならぬものに仕えて、人生を空しく終わってしまうことになるかも知れないからです。
ところで、極めて象徴的に思われますが、聖ミカエルの祝日に始まる英国の最初の学期は、主イエス・キリストの誕生・クリスマスに終わると申しました。
クリスマスは不思議です。それは、「本来わたしたちが生涯お仕えさせていただくべき方(唯一のまことの神)が、わたしたちに生涯をかけて仕えてくださるために、イエスという名前をもつ人として、小さな村の貧しいおとめマリアさまを母としてお生まれくださった」ことを祝います。その主キリストは、十字架の上で、わたしたちにご自身を与え尽くされることにより、奉仕の生涯をまっとうされます。
「あなたにとって、生涯お仕えさせていただく神はどなたですか」との大切な問い、人が人として生きるための最も大切な「問い」は、わたしたちに、降誕祭・クリスマス、すなわち「ご自身のいのちを捧げてわたしたちに仕えてくださった唯一のまことの神、主イエス・キリストの誕生」、をまっ直ぐに指し示しています。
聖ミカエルから大切な「問い」を問われる皆さんお一人おひとりが、皆さんのお心の内に、主キリストをこそ「生涯掛けてお仕えすべき、唯一にしてまことの神」として、心から喜び、感謝してお迎えくださいますように。
大天使聖ミカエルの祝日。わたしたちは、聖ミカエルの名の意味するごとく、主キリストのみ前に、「あなたにとって、唯一のまことの神はどなたですか」との問いかけの前に立っています。わたしたちに、主イエス・キリストを唯一のまことの神、と告白させてくださるのは聖霊のみです。わたしたちが聖霊を求める切なる祈りを、わたしたちの守護者聖ミカエルは必ず取り次いでくださいます。
父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。