カトリック上福岡教会

説教

王であるキリスト(B年 2021/11/21)

年間34最終主日(ヨハネ18:33b−37)

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

待降節直前の主日を、教会は「王であるキリスト」の祭日として祝います。次の主日から始まる4週間の待降節を経て、降誕祭(クリスマス)にお迎えする主キリストこそ天地の創造主であり、わたしたち「すべて」の王であられることを、待降節を控えてあらかじめ深く心に留めさせていただくためです。

しかし、この歴史の支配者であり、王であられる主キリストは、ナザレの村の貧しいおとめを母として人知れずお生まれになります。「王であるキリスト」の祭日の今日は、わたしたちがこの「神の秘義」について深く黙想させていただく時です。

ところで、聖書において「王」とは、神によって油注がれて、神の民のために立てられる存在です。神に立てられた「王」には、神から託される二つの大切な使命があります。一つは、神の民「すべて」にパンとブドウ酒、つまり日毎の糧を保証すること。二つ目には、その同じパンとブドウ酒を奉献しての神の民の神への真の礼拝を、神のみ前に責任をもって整えることです。

神の民「すべて」と言う時、神が最も心にかけられるのは、民の内「最も弱く、かつ貧しく小さい者」のことではないでしょうか。彼らが犠牲にされるところでは、民の「すべて」という言葉は、意味を失います。「最も弱く貧しく小さい者」をこそ含んで「すべて」の人々のために。これは、いかなる政治においても理想であり、目的であるはずです。しかし現実はどうでしょうか。

神が、ご自身の民、すなわちわたしたち「すべて」のために、御子キリストを王としてお与えくださる。そのために、神がなさったこと。それは、神が主キリストによって、わたしたちの内の「最も弱く貧しく小さい者」とご自分を一つにされた。これ以外に、主が神の民「すべて」の王となってくださる道はなかったからです。そしてそれは、主キリストにとって極めて具体的な事実でした。

主キリストは、貧しさの中に生を受け、幼少時より厳しい生活と重労働に耐え、飢えと渇きに苦しむ者とともに苦しみ、宣教のご生涯においても家のない旅の生活の辱めや身を守る術の無い惨めさを味わい尽くされました。このような主を前にして、今日の福音で、当時のローマ帝国ユダヤ総督ピラトは、困惑を隠せません。彼は主キリストに「お前がユダヤ人の王なのか」と問います。「いったい何をしたのか。」

主キリストは、ピラトにお答えになります。「わたしの国は、この世には属していない。」「それではやはり王なのか」と、ピラトはさらに問います。主は、「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」

この主キリストのおことばに、ピラトは最後に問います。「真理とは何か。」このピラトの問いに応えるように、ヨハネによる福音は、今日の福音に続けて、一気呵成に、主キリストの「過越の秘義」を語りあげます。すなわち、主キリストの死刑の判決に始まり、主の「十字架上の死」を経て、主の「復活」までを。

ご生涯を通して「最も弱く貧しく小さい者」とご自身とを完全に一つとされた神の御子キリストは、その上で、さらに言葉の真実の意味において、神の民「すべて」の王となられるために、ご自身に「十字架上の戴冠式」を求められました。

事実、今日の福音に続けて語られる「主キリストの十字架上の戴冠式」無しに、冒頭に指摘した、神が真の王に託された第二の使命、すなわち神の民「すべて」を、パンとブドウ酒を捧げての神への真の奉献の礼拝に整えることは不可能でした。なぜなら、天の父なる神への唯一の捧げものは、永遠のパンとブドウ酒、すなわち主キリストご自身の御からだと御血以外には、実際にはあり得ないからです。

さらには、真の王の第一の使命である、神の民「すべて」に、日毎の糧であるパンとブドウ酒を保証すること。このことも、実は、主キリストの十字架上のご自身の奉献無しには不可能でした。なぜなら、主キリストが真の「王」として、神の民すなわちわたしたちの「すべて」にお与えくださろうとなさるのは、わたしたちのこの世の命を支えるだけのパンとブドウ酒ではありません。わたしたち「すべて」に、永遠のいのちを与えることができる唯一のパンとブドウ酒です。それは、主にとってご自分の御からだと御血以外にはあり得ません。

「王であるキリスト」の祭日に、わたしたちはこの唯一の王を賛美します。そしてこの同じ方、十字架においてわたしたちすべての王となってくださるこの方を、来週からの待降節の後、わたしたちはベツレヘムに聖母マリアさまからお生まれになる「幼子」としてお迎えいたします。それが、主とわたしたちのクリスマスです。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

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