カトリック上福岡教会

説教

年間第15主日(A年 2020/7/12)

マタイ13:1−23

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

「ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい。」

「みことばの種」が豊かに実を結ぶ「良い土地」とは、どこにあるのでしょうか。さらに、「耳のある者」とは、誰のことなのでしょうか。

今日の福音で、最初に主キリストは、「種を蒔く人のたとえ」を、「大勢の群衆」にお語りになりました。主の「神の国のたとえ」の一つです。その後、主は、「なぜ、神の国を群衆にはたとえを用いてお話になるのですか」と問う「弟子たち」に、次のようにお答えになられました。「あなたがた(弟子たち)には天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たち(群衆)には(未だ)許されていないからである。」

主キリストは、「天の国、すなわち神の国」を、大勢の群衆に「たとえ」を用いてお語りになりました。なぜなのでしょうか。聖書の「たとえ」は、ある事柄の詳細を説明するためのものではなく、それを聞く者に、彼らのただ中ですでに始まっている「事実」に目を開かせるために語られます。したがって、「神の国のたとえ」は、「神の国の主キリスト」による「神の国」の到来の「事実」に、私たちの目を開かせてくれます。

「たとえ」一般がそうであるように、「神の国のたとえ」も、聞く人に応じてまったく異なった働きをします。主キリストの「神の国の福音」を喜んで受け入れる者には、「神の国のたとえ」は、彼らが「神の国」の内に、実はすでに招かれてあるという「事実」に目を開かせます。それは、聞く者に、深い畏れと感動を呼び起こします。

しかし反対に、主キリストのみことばを聞いても、受け入れない者には、「神の国のたとえ」は、むしろ、彼らに対して、すでに来ている「神の国」の真実を隠す働きをさえします。それゆえ「聞く耳のある者は、聞きなさい」と、主は忠告しておられます。

ところで、今日の福音は、主キリストが、大勢の群衆に「神の国のたとえ」を語られた後、主の弟子たちに対して、「あなたがたには神の国(天の国)の秘密を悟ることが許されている」と仰せでした。ここで、「神の国の秘密」とは、何なのでしょうか。さらに、「神の国の秘密を悟る」とは、いかなることなのでしょうか。

ここで、秘密と訳されている言葉は、ギリシャ語では「ミステリア」、ラテン語ではサクラメント(秘跡)です。したがって事柄は明快です。「神の国の秘密」とは「神の国の秘跡。私たちに見える形で与えられる「神の国そのもの」、すなわち「神の国の主」キリストご自身・ミサにおけるご聖体のことです。特別な人にのみ与えられる「奥義」などでなく、私たち主の弟子たちすべてに与えられる聖霊の恵みです。

事実、主キリストは弟子たち全てに「あなたがたには天の国の秘密悟ることが許されている」すなわち「神の国そのもの」である「主キリストを知ることが赦されていると仰せです。「悟る」とは「知る」という字です。しかし、これは驚くべきことです。聖書において「知る」とは「一体となる」ことであり、「主キリストを知る」とは、主と一体とさせていただくことだからです。しかしこれこそ神の国のサクラメント(秘跡)」、主をご聖体として拝領し、そのご聖体の内に「主のいのちである聖霊」を受けることによって、私たち主の弟子すべてに体験されている恵みの事実です。

それにしても、主キリストが、「あなたがた(すなわち、弟子たち)には天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たち(すなわち、群衆)には許されていないからである」と仰せになられたのは、なぜなのでしょうか。先に、「たとえ」は、聞く人に応じてまったく逆の働きをすると申しました。主キリストのみことばを聞きながらも、主を「神の国の主」として受け入れない者には、「神の国のたとえ」は、むしろその真実を隠します。事実、「群衆」は、主キリストのみことばを聞きながらも主を受け入れず、後に主を十字架につけることになります。

しかし、「神の国の福音」に聞き、主キリストを「神の国の主」として喜んで受け入れた弟子たちには、「神の国のたとえ」は、彼らがすでに「神の国」に招かれてあり、主が彼らのために整えられた「神の国」の食卓で、「神の国の主」キリストのいのちであるご聖体と聖霊をともに受ける「神の国の秘跡(秘密)」へと彼らを導きます。

みことばを聞いて、主キリストによる「神の国」の到来を喜んで受け入れ、その「神の国の主キリスト」に自己の全てを託して従う弟子たちという「良い土地」に「蒔かれる」種には、主は「ご自身のいのちであるご聖体と聖霊」を与えて、驚くほどの「聖霊の実」を結ばせてくださるとお約束くださいました。実は、私たちを大勢の群衆の中から、主の弟子・神の国の秘跡に与る者としてくださったのも聖霊の恵みです。この恵みは、聖霊を求めるすべての人に開かれています。誰も、主のみ前にいつまでも群衆の一人に留まる必要はまったくありません。聖霊を求めてください。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

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