カトリック上福岡教会

説教

諸聖人の祭日(A年 2020/11/1)

マタイ5:1−12a

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

諸聖人と諸聖徒方を11月1日2日のごミサで記念するカトリック教会の伝統は、英国とアイルランドが起源ではないかと言われます。英国では現在でも11月を「聖徒の月」と呼び、ちょうど日本のお盆のように、英国の人々にとっては教会でのごミサの後、教会墓地を訪う時とされ、どの墓地もきれいに清められ、花壇のように花で埋め尽くされます。亡き方々を偲ぶ人々の思いは洋の東西を問わず変わりません。

諸聖徒の祝日に先立つ諸聖人の祭日には、主キリストの十二弟子たち、さらにご復活の主ご自身から「みことば」と「聖霊」を受けた聖パウロを筆頭にすべての聖人方を記念いたします。彼らの中には私たちと同様に、あるいは私たちに代って地上の生活で多くの苦しみを負い、あるいは自らの弱さと戦われた方々もおられます。

諸聖人、諸聖徒の「聖」とは、いかなることなのでしょうか。聖書においては、「聖」である方は、神お一人。主キリストお一人です。このことははっきりしています。そうであれば、「聖人」とは、生まれながらに聖(きよ)い人と言うよりも、主から「みことば」と「聖霊」いただいて、神によって「聖くされた人」ではないでしょうか。

「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。…
心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。…」

「心の貧しい人々は、幸いである」と、主キリストは仰せです。「貧しい人々」とは、主の他に頼る方がいない者たちのこと、つまり私たちのことではないでしょうか。「天国・神の国」に関して、私たちは主以外にいったい誰を頼ることができるでしょうか。私たちに「天国」を約束してくださるのは、ただ「神の国の主キリスト」おひとりです。

主キリストの上記のみことばは、かつては「真福八端」と呼ばれていました。ご自身「聖」にして、私たちの罪を赦し「聖とする」ことがおできになる神ご自身からの私たちへの八つの詩句からなる「祝福のみことば」です。神によって私たちが「聖とされ、それゆえに天国を約束されること」。実は、それこそが主キリストの祝福です。

私たちが主キリストによって「聖とされ、天国を約束される」。それは、私たちが「神の国の主・キリストのものとされる」ことです。それを使徒ヨハネは、「御子キリストに似た者とされる」(1ヨハネ3:2)と教えてくれました。私たちが「聖とされ、天国を約束される」、つまり主から祝福されるとは「御子キリストに似た者とされる」こと主に祝福された「聖人」方は、私たちに先立って、「主キリストに似た者とされた方」です。

その祝福を主キリストはいかにして私たちにお与えくださるのでしょうか。それは、「祝福のみことば」とその祝福を私たちの内に成就させてくださる「聖霊」によってです。「聖霊」は、主の「みことば」と共に働いて、私たちに「イエスは主である」と告白させてくださいました。「みことばと共に働かれる聖霊」こそ、洗礼において私たちを新たに生まれさせ、ごミサで、私たちの捧げるパンとブドウ酒をご聖体に、主キリストご自身の御からだと御血・主ご自身のいのちに、変えてくださる方です。

「みことばと聖霊」において、主キリストが私たちにくださるのは主ご自身です。主はご自身をお与えくださることによって、私たちを「聖」とし、「主キリストに似た者」としてくださいます。それが主の祝福です。主キリストこそ祝福そのものだからです。主の十二使徒を始め諸聖人方は、主キリストご自身、つまり聖霊を祝福として受け、聖霊によって「主キリストの似姿に変えられた」方々、私たちすべてのお手本です。

私たちもごミサで、諸聖人方のように、「主よ、私たちにみことばをください」と、主キリストに願います。主は、私たちにも必ず「みことば」とともに「聖霊」を、つまり主ご自身をくださいます。主はどのように小さく、貧しい私たちにも、ご聖体において、主キリストご自身を祝福としてお与えくださいます「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」と、主は仰せです。

私たちは、諸聖人方とは比べるべくもない者であると思います。しかし、主キリストがご聖体において私たちにもお与えくださる主ご自身は、主の十二使徒始め、すべての諸聖人方にお与えになられた主とまったく同じ主キリストご自身です。主は今も、いつも、代々に、一人なる同じ主であられるからです。私たちのような小さな者にさえ、ご自身をお与えくださる主キリストを、そのみ恵みゆえに心から畏れます

諸聖人・諸聖徒方は、「天の国」で、主キリストのみ前に、み使いと共に主を褒め、主を称えていると信じられています。ご自身を祝福として私たちにお与えくださった主への愛と感謝は、地上での制約された私たちの思いを遥かに超えるからです。彼らは、天に在ってこのことを最もよく知っておられる方々であるに違いありません。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

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