カトリック上福岡教会

説教

復活節第2主日(A年 2020/4/19)(神のいつくしみの主日)

ヨハネ20:19−31

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

「わたしの主、わたしの神よ。」

主キリストの十二使徒の一人トマスが、ご復活の主日から八日目のまさに今日、彼を訪れてくださったご復活の主ご自身に、深い懺悔、そして畏れと感謝をもって告白した彼の信仰のことばです。彼のこの信仰のことばは、今に至るまで、全ての時代、全世界のキリスト者の信仰告白のことばであり続けています。

聖トマスは、「わが主よ、わが神よ」との彼の信仰のことばと共に、二千年の教会の歴史を通して記念されてきました。しかし、トマスは最初から信仰者の模範というべき人であったという訳ではなかったようです。否、最初はむしろ逆であったともいえます。トマスは、弟子たちの間で、「ディディモ」と呼ばれていました。これには「双子」に加えて、「疑い深い」と言う意味もあるのです。それには、理由があります。

私たちは、先の主日を、主キリストの復活の主日としてお祝いいたしました。主は十字架におつきになられる前に、弟子たちに三度、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、殺され、三日目に復活する」と仰せになっておられました。このおことば通り、主は十字架に死に、そして三日目に復活されました。

その復活の主日後、昨日までの一週間、私たちは毎日のごミサで、ご復活の主キリストが、最初にマグダラのマリアに、続けて十字架の下にまで主に従い続けた婦人たちに、さらにペトロたち主の弟子たち一人ひとりにお会いくださった次第を、喜びと感動、そして畏れをもって、福音から丁寧にお聞きし続けて参りました。

ただし、ご復活の主キリストは、今日までトマスにだけはお会いなっておられませんでした。なぜでしょうか。今日の福音が伝えているように、ご復活の日の夕方、主が他の弟子たちをお訪ねになられた時、トマスは、そして彼一人だけが、彼らと一緒にいなかったからです。トマスは、主キリストのご復活を疑っていたからです。

ペトロがトマスに、「私たちは、週の始めの日に、確かに主に、ご復活の主にお目に掛かった」と熱く語った時も、トマスは、「あの方の手に釘の跡を見、この指をそのわき腹に入れてみなければ、私は決して信じない」とさえ応えていました。

さて、ご復活の日から丁度一週間後の今日、ペトロ始め主キリストの弟子たちは再び集まりました。トマスも今日は一緒でした。ご復活の主日と同様に、主は八日目の今日再び、弟子たちを訪ねてくださいました。そしてご復活の主は、今日は特にトマスを目指して来てくださいました。主はトマスに仰せになりました。

「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」

ご復活の主キリストのこのおことばに応えて、トマスの胸の底から絞り出されるようにして語りだされた言葉こそ、「わたしの主、わたしの神よ」でした。確かに、疑い深いトマスでした。主のご復活の約束を、さらにその事実をも疑っていました。しかしトマスは、最早これ以上疑い続ける訳には行きません。ご復活の主キリストご自身が、今、弟子たちのただ中に、否、トマス自身の前に、立っておられるからです。

その時、トマスは主のみ前に悔い崩折れる他なかったと思います。今日まで疑いの内に自己を閉ざしていたトマス、主の十字架のもとに蹲り続けていたトマスを、主キリストは大切に抱きしめ、抱き起こしてくださいました。十字架の釘跡の残る主の両の御腕で。槍で刺し貫かれた傷跡の残る主のみ胸の内に。それが、主のご復活です。

「ディディモ」と呼ばれたトマスのように、主を「疑う」こと、神の遣わされた主キリストを信じ切ることができないことを、聖書では罪と言います。この罪の帰結は死以外にはありません。神を疑い続ける限り、人は真実に生きることはできないからです。神を疑う者は、結局は自分自身も疑い、誰をも信じることはできず、したがって、誰とも信頼しあい、愛しあい、望みを以って生きることはできないからです。すなわち、神を疑うものは、神と人とに対して死んだ者である他ないのです。

しかし疑うトマスを、主キリストはそのままにしてはおかれません。ご復活の主は、彼を、神と人との前に決して死んだままにしてはおかれません。トマスだけではありません。実は、二度もご復活の主のご訪問を受けながら、なお主のご復活を疑ったペトロ始め主の弟子たちを、ご復活の主キリストは忍耐強く、「三度」訪ねてくださいました。私たちすべてが、最早二度と、主のご復活を疑い得なくされるまで。十字架の許に蹲っていた私たち全てが、主に抱き起こされ、主とともに主のご復活のいのちに歩み始める者とされるまで。それが今日の福音です。

「わたしの主、わたしの神よ」。 

ご復活の主が、皆さんと共に。 アーメン。

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